発言が意にそぐわない時

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みなさん、こんにちは。
ブログ204弾です。

先日、家族みんなで写真を取ろうとしました。
私がカメラ持って家族みんなの写真を撮った後、
娘から『なんで、ハイポーズって言わないの?』と言われました。
私は写真を撮るとき、『ハイポーズ』と言っているみたいでした。
『じゃ今度はハイバターって言うね』と言ったら
『なんでバターなの?』と言われたので
『だっては今はBTSでしょう』と言ったら
『ずいぶんお父さんとはかけ離れているね』と言われたので
『お父さんは嬉しいよ、娘がこんなにまともな目を持ってくれて』と切り返しました。
娘の成長?を感じるひと時でした。

さて、先週の出来事というより、
最近、難しく感じることです。
それは
『意思表明が状況とそぐわない時』
です。

先日も息子が私のある質問に対して、
突拍子もなく、全く違う発言をしました。
私はとっさに、『全く違うよ!!』と怒ってしまいました。
『もっとよく考えて、その言葉が適切なのか考えながら発言(意思表明)しなさい』
とも言いました。
最近はその数も増え、私の中でも一種の思い込みのようになってしまっている点もありました。
しかし、このやり取りのゴールはなんなのか?を考えた時に、
表面的には『質問に対する適切な意見』がゴールかもしれません。
しかし、バックグラウンドや経験が違う点を考えると、
教育という視点も考慮に入れなければならないかもしれません。
そう言ったように少し目線を変えてみると、
私自身からは、『なぜそのような発言(意見・意思表明)になったの?』という
質問がでてきます。
そうするとその質問に対して、深掘りすることができ、
息子自身もなぜそのような発言に至ったのか?
考えるようになり、道で言えば、一回通って間違えても
そのプロセスを辿ると、次はこの道を通れば、よりゴールに近いような
改善に繋がるかもしれません。

そもそも私の質問の仕方が適切ではなかったのかもしれません。
私の好きな言葉の一つに『良い質問をすれば、良い答えが返ってくる』
質問によっては見えなかった問題も見えるようになるし、
そもそも頓珍漢な質問では例え誘導尋問を使おうとしても
違う答えになってしまうでしょう。

それだけ質問が大事ですし、良い質問をすれば課題の半分以上は
クリアしているかもしれません。

さて、話を元に戻しますが、時代がやはり変わったのでしょうか?
私が小さいときは、頓珍漢な発言をしただけでものすごく怒られ、
発言に対して、臆病になっていた時期がありました。
私に言わせば、質問した人はある程度、すでに答えを持っていて、
また、その議題に対して以前から考えていたわけです。

それを突然に言われてもと言う気持ちもありました。
しかし、かたや『リハーサルをやっているんじゃない』と言う言葉もあります。
これも、ものすごく大事な言葉だと思っています。
幼いときはそれでもよかったかもしれませんが、
今、こうして大人になった以上、『想定していなかった』ではすみません。
そう言った意味では会議などでも重要な立場の人たちが集まって
大事な時間を使っているので、本番をやっているのか、リハーサルをやっているのか
わからないようではダメですね。

基本は常に『本番』を想定して、いついかなる時に何が起きても大丈夫な状態であること、
それが理想であり、常にあるべき状態だと思います。
あとは、環境や状態によって質問を駆使したり、そもそも意思表明ではなく、
もしかしたら確認のための発言だったかもしれません。
そう言った奥にあるものを共有できると、
相手は自分の居場所を感じ、信頼関係も築けるかもしれません。
何度も言いますが基本は常に『本番(真剣勝負)』だと思います。
あとは、先週の役割ではありませんが、
特徴がある中でレンジ(幅)を見定めれば良いのではないかと感じました。
そう言った意味では自分は、そういう姿勢で常に望んでいるが
まだ息子には早いのかもしれません。
おかげでこのようなこともブログに書かせてもらうことで
深堀ができ、また息子とも良好な関係が築けるかもしれませんし、
私自身もまた真剣勝負に立ちむかうことができます。

先週はそんな1週間でした。

では、また来週お会いしましょう!!

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